川崎で商売繁盛祈願

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私たちが生活していく上で最も大切になってくるのが、衣食住を賄うためのお金ですよね。

はっきり言って私たちはこのお金が無いことには何もすることができませんし、生活していくことすらままならなくなります。

そこで、お金を稼ぐための仕事が大事ということになるのです。

その仕事が上手くいくように昔から行われているのが商売繁盛の祈願です。

神頼みなんか当てにならないという方も、一度くらいは祈ったことがあるのでは?

とにかく、仕事に就いた人は必ず一度は神にすがったことがあるはずです。

商売繁盛の祈願と言えば「神頼み」という言葉があるくらいなので、神社と決めつけている方が殆どだと思いますが、これって正解なのでしょうか?

答えは「NO」です。

何も神頼みでなくても、仏様に頼んでも問題はありません。

それに、神社と寺院は明治時代に入るまでは同じ場所に居を構えていたので、今でも七福神を祀っている寺院も多くあります。

商売繁盛は神様でないとご利益が無さそうだと思われる方は、商売繁盛の神様を祀っている寺院であれば問題ないのでは?

しかし、祈願するからには出来るだけご利益があると言われているところへ行きたいと思うのは当然のことでしょう。

その考えでいうと、神社にしても全てが商売繁盛の神様を祀っているわけではありませんから、どこで祈願してもご利益は同じということにはなりません。

商売繁盛の神様が祀られている所の方がご利益があるのは当然ですよね。

それでは、商売繁盛祈願の際に役立つように度利益があるという神様を紹介しておきましょう。

恵比寿

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商売繁盛と言えば、皆さんこの神様が一番最初に頭に浮かぶのでは?

関西では「えべっさん」とも言われ、日本中で多くの人に親しまれています。

恵比寿は七福神の一柱で、右手に釣竿、左に鯛を抱えた姿に「えびす顔」とも言われる福顔が印象的な神様です。

七福神はインドや中国などの外来の神様ばかりで構成されているのですが、この恵比寿だけが唯一日本古来の神様なのです。

平安時代に市場の神として祀られたことに端を発し、中世になって商業が盛んになってから商売繁盛の神とされるようになりました。

しかし、恵比寿は元々大漁をもたらす海神として崇められていた神様でした。

恵比寿が竿と鯛を持つのもこれが原因です。

恵比寿が海神であることは各地に残る風習や伝承に多く残っています。

例えば、日本の漁村では近年までクジラのことを「えびす」と呼び、恵比寿の寄り神とするところが多くありました。

何故クジラが寄り神とされたのかというと、クジラの思わぬ到来が人々に多くの恩恵をもたらしたからです。

飢餓にあえいでいるときには食料や収入として、また漁の時にはカツオなどのを伴って現れることが多いので大漁をもたらしました。

また、今でも隠岐や愛媛県の宇和島では正月に漁に使う網を祀っており、この網のことを「えびすあば」と呼んでいます。

このように恵比寿が海神として崇められていた風習は日本各地に根強く残っているのです。

大黒天

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右手に打ち出の小槌、左手で七宝が入った福袋を担ぎ、米俵の上に乗った姿で知られている神様で、七福神の一柱に数えられています。

今では食物と財福もたらす福の神ととして認識されていますが、大黒天は戦闘・財福・冥府という3つの性格を持つヒンドゥー教のシヴァ神の化身でマハーカーラーのことで、本来は破壊や戦闘を司る神としての側面が強い神様です。

しかし日本へ密教とともに伝来した際、本来の性格のうち財福だけを強調した形で紹介されたため、本来とは異なった性格の神として崇められるようになりました。

日本では天台宗の開祖である最澄が台所の神様として祀ったのが始まりで、このことから食物の神様という性格も持ち合わせることとなりました。

その後、名前の「大黒」が日本の神・大国主命の「大国」と混同されることが多くなり、大国主命と習合されることになりました。

大黒天が袋を担いでいるのも、日本神話の因幡の白兎で大国主命が八十神たちの荷物を入れた袋を持っていたことに由来します。

そして、商業が発達するに伴って、その主力品である食物の神であったため、商売の神という側面を併せ持つようになり、商売繁盛の神と崇められるようになったのです。

弁財天

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七福神の一柱で唯一の女神です。

元々は芸術、学問などの知を司るヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティーで、古代インドの河神とされていました。

日本には仏教とともに伝来し、奈良時代の頃から信仰されるようになりました。

東大寺法華堂にも日本最古の尊像として残されており、時代と共に日本の海上神である市杵嶋姫命(宗像三女神)と習合されて日本各地の神社で祀られるようになりました。

水神として祀られていた弁財天が財宝神としての性格を持ち合わせることとなったのは、天台宗の開祖である最澄が台所の神様として大黒天、恵比寿と共に祀ったのが始まりと考えられます。

本来、経典での漢字表記は「弁才天」ですが、財宝神として広く認知されることとなった為、いつの頃からか「弁財天」と表記されるようになりました。

以上の三神が日本を代表する財宝神です。この他にも日本各地では、多くの信仰から様々な神様や仏様が財宝神となっている他、石や川、山など神や人以外にもご利益があるとされるものが存在します。

ですから、日本全国から祈願に集まるような神社や寺院よりも、地域独自の財宝神に祈願した方が良いかもしれません。

だって、何万人もの祈願にご利益を与える相手よりも、断然確率が高くなりますし、地元びいきで過分なご利益が受けれることもあるかもしれませんからね。

それでは川崎で商売繁盛にご利益がある寺院を紹介していくことにしましょう。

1.天台宗 観行院

創建時期は定かではありませんが、天台宗の開祖である最澄の弟子で、第3代天台宗座主。円仁(慈覚大師)が開祖だと伝えられています。
信州善光寺の関東別院で、この寺院の通りに面した「善光寺関東別院」の標柱の脇には、柔和なお顔の大黒天が座しています。
この大黒天に水を掛け、さらにザルに入れて硬貨を洗うと財運が上がると言われており、金運、商売繁盛で地元の人に知られています。
神奈川県川崎市川崎区砂子2-5-2

2.天台宗 千蔵寺

江戸時代に修験宗湯殿山派清宝院として創建されました。
しかし、明治に入り修験禁止令が発布されたのを期に、現在の天台宗千蔵寺となりました。本尊は厄神鬼王で、ノミと小槌で悪いものを削り取って災厄を祓うと言われています。
厄神鬼王はもともとインドに伝わる熱病除けの鬼神で、ここで行われる節分では「福は外、鬼は内」と通常とは逆の掛け声を用います。
これは、本堂に悪い鬼を招き入れて改心させてから世間に送り出す為だそうです。 
ここで祈願すれば悪いものを全て取り払ってくれるとのことです。  
神奈川県川崎市川崎区中瀬3-20-2

3.真言宗 西明寺

詳しくは「川崎七福神」のページをご参照ください。

4.真言宗 宝蔵寺

詳しくは「川崎七福神」のページをご参照ください。

5.真言宗 大楽院

詳しくは川崎七福神のページをご参照ください。

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